ゆれてこそ、人間
どこもかしこも、凄いスピードで人員削減が行われています。
もう、否応無しに価値観の変更を余儀なくされていくでしょう。
「幸せ」とはなんなのか?と。
こういう劇的な変化を目の前にすると、私達の心は揺らぎます。
以前の私は、いつも『フラット』でいたいと願っていました。
すなわち、どんな出来事に対しても、動じず冷静でいる。
いつ何時も、穏やかで小波のような心で毎日を過ごしたいと、、、
そんな、常に心がフラットな状態を理想とし、バランスのとれた人間性の獲得を求めていました。
でも最近、ある人のメールでその様な心の状態は
「理想的に見えるが、理想ではない」ということに、気づきました。
いわく、「心のバランスをとる」、というのは、小波のように静かに立っている状態ではなく、
右から左へ、かなり激しく揺れる様な動きをとりながらも、
立っている状態を表現しているのだと。
うーむ、深いな。。。
決して、平穏な状態だけを言うのではなく、むしろ激しく動いても
倒れずにいれば、バランスしているのだということ。
ポジティブじゃなきゃいけないという、誰かの作った常識。
心の闇はあってはいけないという、誰かの作った常識。
人生は辛いものという、誰かの作った常識。
そんな、自分を縛る全ての常識から、心を解放したとき、
自分の感情を見つめ、それを味わうことが出来るのでしょう。
その味は、いつも美味しいわけではなく、
しょっぱかったり、苦かったりします。
でも、それは一生に一度しか味わえない、とても貴重な経験。
そんな、絶対的な事実に気付いたとき、起きる出来事の全てが必然となり、
そんな解釈が、人生を豊かにしていくことになる。
そう、いつも、起きることは全て正しいのです。
と。。。
揺れを起こす自分自身の心の深い部分と対話をする。
彼いわく、
喜んだり、悲しんだり、怒りを覚えたり、不安になったり、、、
といった具合に、感情が大きく触れている事実に気付けるということは、
フラットな状態を自分自身で認識できているという事実でもあります。
と。
誰の心にも、フラットな地点は存在している。
だからこそ、どれだけ揺れ動いても、結果的にバランスして崩れないのだというのです。
『そうか、そうだったのか!』って感じしません?(*^_^*)
どれだけ動いても、結果的にバランスするから大丈夫ですよ
という、事実を感じたので書きました。
誰か一人でも、元気になってくれればうれしいです。